映画「ホテルルワンダ」を見て・その1
進藤重光
ホテルのための物資を大量に仕入れた主人公の車が、スクリーンの中を走っていく。ルワンダの中心街、首都キガリの懐かしい赤壁が見える。間違いない。その向かいのホテルに私も泊まったのだった。  キガリの初めての夜、まだ宵の口でありながら人通りが完全に途絶える。加えてほどなく停電となり、何もできずにホテルのベランダ出てみる。ここが同じ地球上なのかと泣き出したいような気持ちで見つめた夜空の中で、それはひときわ大きく輝いていた。人間の弱さや醜さを包むように光を放ちながら静かに静かに輝く荘厳とも言うべき姿。  この同じ月が、地球の裏側の日本でも同じように光を投げかけているに違いないと思うと、どうにも妙な気分だった。仲間たちの笑顔が浮かんでは消えた。そうだ、自分は決してひとりではない。そう思うと、ふっと気持ちが楽になったことを憶えている。  12年前、間違いなく私はあそこにいたのだった。  

1994年初秋、ルワンダ難民大量発生の直後、臨時のクリニック設営のために日本から派遣された救援チームがチャーターしたプロペラ機はコンゴ民主共和国に無事に着陸した。入国審査での、日本から持ち込んだビデオをよこせ、よこさないの押し問答に時間を取られる。
「これは教会のものだ」

と、なんとか入管を説き伏せ、簡単な柵で囲んだだけの空港の入り口に集まった人々にもみくちゃにされながら、迎えに来ていた老シスターの車に乗り込む。はじめて見るコンゴの風景に思いを馳せる余裕もないまま、宿泊予定の学校の寮に到着する。  車の荷物を搬入し、部屋割を終える間もなく、がなりたてる無線機の音を寮の建物中に響かせながら、肌の白いブロンドで長身の青年が入ってくる。あいさつもそこそこに、鳶色の目で見つめながら、唖然とするわたしたちに事態の緊急性を早口で告げはじめた。
「ちょっと待って欲しい。全体的な状況をもう一度、ゆっくり最初から話して欲しい。」

私は一歩前に出ると、こおばる顔をこの若者に悟られないよう、努めて冷静な声を出しながら腹に力を込めた。新たな戦争事態が起こりつつあるのか。心臓の鼓動が早まるのを感じながら、最悪の事態が頭をよぎる。青年はいったん口を閉じると、
「あなたがこのチームのリーダーなのか。」
と尋ねる。
「そうだ。これからよろしく。まず、なにが起こっているのかをもう一度説明して欲しい。」  

彼にこちらから握手を求めると、ああ、まずはそうだった、というような顔をしつつ握手を返す。

「はじめまして。実はたった今、無線で連絡があった。配給のことで難民の間で問題が起こっている。暴動にならないように説得する必要があるから、まず、ディストリビューション(配給場所)に直接行くようにということだ。ついては、あなたたちを連れて至急一緒にということだが。よろしいか。」  


日本の本部からは、現場に到着した後は現地NGO本部の指示に従えということだった。しかし私は同時に、できるだけ、我々が担当するクリニック以外の仕事は引き受けるな、という指示も受けていた。一瞬、日本から持ってきているインマルサット(衛星による携帯用小型電話)のことが思い浮かぶ。しかし、初対面ではあるにせよ、この突然のオペレーションへの参加の諾否を日本に問い合わせている暇はないだろう。  とは言え、男のわたしとロジシティシャン(物流や管理担当のロジスティック専門家)はともかく、老シスターをはじめ女性たち看護師の身の安全はどうなるのか。皆に事態を説明しようとすると、「行ってみますか」と先に声をあげたのは老シスターの方だった。  そうだ。われわれはこの地に観光に来たのではない。危険は覚悟のうえではなかったのか。皆を見回すと、目と目の一瞬のコンタクトで了解を得た。
「オーケー、わかりました。すぐに行きましょう。」  
私は即座にそう答えていた。 (つづく)